音楽と法律の交差点

独立系クリエイターが知るべき「似ている」曲の著作権リスク:インスパイアと盗作の境界

Tags: 音楽著作権, 音楽制作, 盗作, インスパイア, 法的リスク, 類似性

はじめに

音楽制作に携わる独立系クリエイターの皆様は、日々新しいアイデアを形にされていることと存じます。制作の過程で、過去に聴いた楽曲や、無意識のうちに脳裏に残っていたメロディー、リズム、コード進行などに影響を受けることは自然な営みと言えるかもしれません。しかし、ご自身の作品が他の既存曲と「似ている」と感じられたり、あるいは他者から指摘を受けたりする可能性もゼロではありません。

この「似ている」という状況は、時に著作権侵害、いわゆる「盗作」の疑いを招くリスクを孕んでいます。一方で、既存の作品から着想を得て、それを新しい形で昇華させる「インスパイア」は、創造的な活動の一環として広く認められています。この「盗作」と「インスパイア」の境界線は曖昧で、多くのクリエイターにとって判断が難しい課題です。

この記事では、「音楽と法律の交差点」というサイトコンセプトに基づき、音楽制作における「似ている」という状況が著作権法上どのように扱われるのか、何が著作権侵害となり、何が適法なインスパイアと見なされるのかについて、その判断基準と法的リスクを解説します。そして、独立系クリエイターの皆様がこれらのリスクを回避し、安心して制作活動を続けるための実践的な対策についても触れてまいります。

音楽著作権の基本:「アイデア」と「表現」

まず、音楽著作権が保護する対象について基本的な理解が必要です。著作権法は、「思想又は感情を創作的に表現したもの」(著作物)を保護します。音楽における著作物とは、メロディー、ハーモニー、リズムといった要素が組み合わさった楽曲そのもの(著作権法上の「音楽の著作物」)や、歌詞(著作権法上の「言語の著作物」)を指します。

ここで重要なのは、著作権が保護するのは「表現」であり、「アイデア」そのものは保護されない、という原則です。「〇〇をテーマにした曲を作る」「悲しい雰囲気のバラードにする」「ラップとロックを融合させる」といった漠然としたアイデアやコンセプト、あるいは特定のジャンルやコード進行、一般的なリズムパターンといったものは、それ自体が著作権によって独占的に保護される対象ではありません。

「似ている」という問題が発生するのは、この「表現」の部分において、既存の著作物とご自身の作品との間に類似性が認められる場合です。

著作権侵害となる「類似性」の判断

ある楽曲が別の既存曲の著作権を侵害していると判断されるためには、一般的に以下の2つの要件が必要とされます。

  1. 依拠性(いきょせい): 後から制作された楽曲が、既存曲に接する機会があり、それを自己の作品の創作にあたって利用(参考にしたり、思い出したり)したこと。つまり、既存曲を知らずに偶然に同じような曲ができた場合は、依拠性が認められず著作権侵害にはなりません。
  2. 類似性(るいじせい): 後から制作された楽曲と既存曲との間に、著作権法が保護する「表現」のレベルでの類似性が認められること。単なるアイデアやありふれた表現の類似では足りず、創作的特徴のある表現が類似している必要があります。

「似ている」という問題は、主にこの「類似性」の判断に関わってきます。裁判において音楽の類似性が争われる場合、専門家の鑑定などを経て、両楽曲のメロディー、ハーモニー、リズム、楽曲構成、アレンジなど、様々な要素が比較検討されます。特にメロディーは楽曲の「表現」として中心的な役割を果たすため、その類似性は重要視される傾向にあります。しかし、メロディーが似ていても、それが単なる音階の一部やありふれた定型句、あるいは既存曲が別の著作物から適法に引用・借用した部分に由来するなど、創作性の低い部分であれば、類似性が否定されることもあります。逆に、数小節といった短い部分であっても、そこに特徴的な旋律やリズム、ハーモニーの組み合わせがあり、それが似ている場合は類似性が認められる可能性が高まります。

裁判例では、「本質的類似性」や「特徴的部分の類似性」といった概念が用いられることがあります。これは、楽曲全体が完全に同じでなくても、その楽曲の個性を形作るような、創作性のある特徴的な部分が似ている場合に類似性を認めるという考え方です。

「インスパイア」と「盗作」の境界線

では、「インスパイア」はどのように考えられるのでしょうか。インスパイアとは、特定の作品やアーティストに触発され、そこから着想を得て自身の創作に活かす行為です。これは、既存の「アイデア」や雰囲気、技術、表現スタイルなどを参考にするものであり、著作権法が保護する「表現」そのものを直接的にコピーする行為とは区別されます。

例えば、「特定の作曲家のようなオーケストレーションを取り入れる」「あるジャンルのリズムパターンを使う」「好きなアーティストの曲の雰囲気を参考に、全く新しいメロディーや構成の曲を作る」といった行為は、一般的にインスパイアの範囲内と見なされます。これらの行為は、既存曲の著作物性のある「表現」を直接的に利用しているわけではなく、その楽曲から得られる「アイデア」や「ヒント」を基に、自身の創作性によって新しい「表現」を生み出しているからです。

インスパイアと盗作の境界は、結局のところ、既存曲の「表現」レベルでの創作的な特徴部分を、依拠して自己の作品に取り込んでいるか否かという点にあります。偶然の類似(依拠性なし)、あるいはアイデアレベルの類似(表現の類似性なし)であれば著作権侵害にはあたりません。依拠性があり、かつ創作的な表現レベルでの類似性が認められる場合に、著作権侵害(盗作)と判断されるリスクが高まります。

ここで留意すべきは、著作権侵害は原則として意図の有無を問いません(無過失責任に近い考え方)。「知らずに似てしまった」としても、依拠性(過去にその曲を聴いたことがあれば認められやすい)と類似性が認められれば、著作権侵害が成立する可能性があります。ただし、依拠性の判断において、過去に接する機会があったかどうかや、その利用の仕方に意図がなかったかどうかが考慮されることはあります。

クリエイターが直面しうるリスクと対策

独立系クリエイターの皆様が「似ている」問題に関連して直面しうる具体的なリスクとしては、以下のようなものが考えられます。

これらのリスクを避けるためには、以下の点に注意し、実践的な対策を講じることが有効です。

1. 制作過程での意識と確認

2. 公開前の最終確認

結論

音楽制作における「似ている」という問題は、著作権法上の「表現」の類似性が依拠性を伴って発生した場合に、著作権侵害となるリスクを孕みます。合法的な「インスパイア」と違法な「盗作」の境界線は、法的な判断が必要となる複雑な領域です。特に、意図せず既存曲に似てしまう「無意識の酷似」は、多くのクリエイターにとって避けがたいリスクの一つと言えるでしょう。

しかし、このリスクを過度に恐れる必要はありません。著作権法が保護するのはあくまで「表現」であり、「アイデア」や既存の音楽的語彙(コード進行、一般的なリズムなど)を自由に利用して新しい作品を創造することは、音楽文化の発展にとって不可欠です。

重要なのは、著作権侵害となる「類似性」の基準と「依拠性」の考え方を理解し、ご自身の制作プロセスにおいて意図しない酷似を避け、既存曲の創作的な「表現」を無断で利用しないよう注意を払うことです。制作過程での意識的なチェックや、公開前の最終確認を丁寧に行うことで、多くのリスクは軽減できるはずです。

万が一、自身の楽曲について著作権侵害の疑いを指摘された場合や、他者の楽曲との類似性に不安を感じる場合は、音楽著作権に詳しい弁護士や専門家にご相談されることをお勧めします。適切な知識と実践的な対策をもって、安心してクリエイティブな活動を続けていただければ幸いです。