独立系クリエイターのための「耳コピ」と著作権:適法な練習・制作・公開方法
はじめに:耳コピは音楽制作の強力なツールだが…
音楽制作や演奏、動画コンテンツの制作において、「耳コピ」は非常に一般的な手法です。既存の楽曲を聴き取り、そのメロディ、コード進行、リズム、構成などを把握することで、演奏技術の向上を図ったり、楽曲分析を行ったり、さらには自身のオリジナル楽曲制作のヒントを得たりと、クリエイターにとって欠かせないスキルのひとつと言えるでしょう。
しかし、他者の著作物である既存楽曲を耳コピする際に、音楽著作権がどのように関わるのか、曖昧に感じている方もいらっしゃるかもしれません。「耳コピする行為自体は問題ないのか?」「耳コピした内容を楽譜にしたり、演奏して公開したりするのは許されるのか?」といった疑問は、独立系クリエイターが直面しうる課題です。
この記事では、耳コピと音楽著作権の関わりについて、独立系クリエイターの視点から分かりやすく解説します。耳コピ行為そのものの法的側面から、耳コピした結果をどのように扱う場合に著作権上の注意が必要になるのか、具体的な事例を交えながら見ていきましょう。
耳コピ行為そのものに著作権は及ぶか?
まず、既存の楽曲を「聴き取って理解する」という耳コピ行為そのものに、著作権が直接的に及ぶかどうかが問題となります。著作権法が保護するのは、著作物を「利用」する様々な行為であり、具体的には複製、上演、演奏、上映、公衆送信、口述、展示、頒布、譲渡、貸与、翻訳、翻案などが挙げられます。
耳コピは、楽曲を頭の中で再現したり、楽器で音を拾ったりする行為ですが、通常、これによって具体的な「複製物」(例えば録音物や楽譜など)を作成しない限り、著作権法上の「複製」にはあたらないと考えられています。単に楽曲を聴いてその内容を把握し、記憶したり、理解を深めたりする行為は、著作権法が規制する利用行為には含まれないため、原則として問題とならない可能性が高いです。
これは、著作権法が思想又は感情を創作的に表現したものを保護するのであって、それを理解・学習する行為そのものを制限するものではないからです。
耳コピした「結果」をどう利用するか:これが著作権の核心
耳コピ行為そのものよりも、耳コピした内容(メロディ、コード、構成など)をどのように利用・公開するかが、著作権上の重要な論点となります。ここで様々な著作権侵害のリスクが発生しうるため、注意が必要です。
具体的な利用シーンごとに見ていきましょう。
1. 自分の練習・鑑賞目的での利用
耳コピした楽曲を、自分自身の演奏練習や鑑賞のために、楽譜に書き起こしたり、楽器で演奏したり、歌ったりする行為は、私的使用のための複製として著作権法上認められる可能性が高いです(著作権法第30条)。
「私的使用」とは、「個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること」と定義されています。つまり、自分一人で楽しむため、あるいはごく親しい家族や友人との間で非営利的に使用する範囲であれば、耳コピによる複製(楽譜作成など)や演奏は、原則として著作権者の許諾なく行うことができます。
ただし、私的使用目的であっても、違法にアップロードされた音源や動画など、著作権を侵害するコンテンツであることを知りながらダウンロード(複製)して耳コピに利用する行為は、原則として私的使用の範囲外となり違法となるため注意が必要です。
2. 耳コピした演奏や歌唱を録音・公開する場合
耳コピして演奏や歌唱を行い、それを録音したり、YouTubeやSNS、配信プラットフォームなどで公開したりする、いわゆる「演奏してみた」や「歌ってみた」といった行為は、著作権上の「複製」(録音・録画)および「公衆送信」(インターネットでの公開)にあたります。
これらの行為は、個人的な練習・鑑賞の範囲を超え、不特定または特定多数の人がアクセスできる状態にするものですから、原則として原曲の著作権者(作曲者、作詞者など)の許諾が必要となります。
通常、JASRACやNexToneといった著作権等管理事業者が、インターネット上での音楽利用に関する包括的な許諾契約を様々なプラットフォーム(YouTube、ニコニコ動画、各種配信サイトなど)と締結しています。クリエイターがこれらのプラットフォーム上でJASRACやNexToneの管理楽曲を利用して「演奏してみた」「歌ってみた」動画を公開する場合、プラットフォーム側の契約に基づいて権利処理が行われるため、個別に著作権者の許諾を得る必要がないケースが多いです。
ただし、すべての楽曲がこれらの管理団体の管理下にあるわけではありませんし、プラットフォームとの契約範囲も限定的である場合があります。また、原曲の音源そのものを使用する場合は、別途、レコード会社や実演家(歌手、演奏家)が持つ著作隣接権についても許諾が必要になります。耳コピ演奏・歌唱の場合は、通常、自分で演奏・歌唱するため著作隣接権の問題は生じませんが、BGMなどに原曲音源を小さく入れるだけでも著作隣接権が関わる可能性があります。
ご自身の活動の場となっているプラットフォームが、利用したい楽曲の権利処理に対応しているか、どのような範囲で利用が許諾されているかを事前に確認することが非常に重要です。プラットフォームの利用規約やヘルプページで、著作権に関する記載を確認しましょう。
3. 耳コピした楽譜を作成・配布・販売する場合
耳コピした内容を元に楽譜を作成する行為は、原曲の「複製」または「翻案」(編曲など、二次的著作物の作成)にあたる可能性があります。特に、既存の楽譜が存在しない楽曲を耳コピして採譜する場合や、原曲とは異なるパートの楽譜(例:ボーカル曲をピアノソロ用にアレンジした楽譜)を作成する場合は、「翻案」に該当することが考えられます。
そして、作成した楽譜をインターネット上で公開したり、コピーして配布したり、販売したりする行為は、「公衆送信」「頒布」「譲渡」といった利用行為にあたります。
これらの行為は、原則として原曲の著作権者(作曲者、作詞者)の許諾が必要です。個人が非営利でごく親しい友人に手書きの楽譜を見せる、といった限定的な状況を除き、インターネット上で楽譜を公開したり、販売サイトを通じて頒布したりすることは、著作権侵害となるリスクが非常に高いです。
市販されているバンドスコアやピアノ譜などは、出版社が著作権者や著作権等管理事業者から正式な許諾を得て制作・販売しています。ご自身で耳コピした楽譜を不特定多数に向けて公開・頒布したい場合は、同様に権利者から許諾を得るための手続きが必要になりますが、個人でこれを実現することは非常に困難な場合が多いのが実情です。
4. 耳コピした結果を自身のオリジナル楽曲制作に利用する場合
耳コピを通じて既存楽曲の構造やテクニックを学ぶことは、クリエイターにとって重要な学習プロセスです。学んだ知識や手法を自身のオリジナル楽曲制作に応用することは全く問題ありません。しかし、耳コピした楽曲のメロディやコード進行、歌詞などをそのまま、あるいは少し改変しただけで自身の「オリジナル」として発表することは、著作権侵害(複製権、翻案権の侵害)にあたる可能性があります。
著作権侵害が成立するためには、以下の2つの要件を満たす必要があると考えられています。
- 依拠性(いきょせい): 既存の著作物に接し、それを利用して自己の作品を創作したこと。
- 類似性(るいじせい): 既存の著作物と自己の作品との間に、表現上の本質的な特徴の同一性が認められること。
耳コピはまさに依拠性の根拠となり得ます。その上で、自身の楽曲が耳コピした既存楽曲と「類似している」と判断されれば、著作権侵害とみなされるリスクが生じます。特に、楽曲の「サビのメロディ」「特徴的なコード進行とメロディの組み合わせ」「印象的なリフ」など、楽曲の個性や表現の根幹に関わる部分が類似している場合は、侵害と判断されやすい傾向にあります。
オリジナル楽曲を制作する際は、耳コピで得た知識や技術を「参考に」することは良いですが、特定の既存楽曲の表現を「流用」しないよう、細心の注意を払う必要があります。自身の楽曲が他の楽曲と似ていないか、客観的な視点を持つことも重要です。
まとめ:耳コピは学習に、公開は権利処理を
耳コピ行為そのものは、個人的な学習や分析を目的とする限り、通常は著作権上の問題を生じさせません。クリエイターとしてのスキルアップのために、積極的に耳コピを活用することは奨励されるべきです。
しかし、耳コピした内容を基にした演奏や楽譜を、インターネットなどで「公開」「配布」「販売」する場合には、原則として原曲の著作権者の許諾が必要となります。特に楽譜の配布・販売はハードルが高いことが多いです。
演奏や歌唱動画の公開については、多くのオンラインプラットフォームが著作権等管理事業者との包括契約によって権利処理を代行しているため、これらのプラットフォームの利用規約を確認し、利用可能な範囲内で活動することが現実的な方法となります。
また、耳コピを通じて得た知見をオリジナル楽曲制作に活かす際は、あくまで「参考」に留め、既存楽曲の表現を無断で「流用」しないよう注意が必要です。依拠性と類似性が認められると、著作権侵害となるリスクがあることを念頭に置きましょう。
耳コピはクリエイティブな活動を深めるための有効な手段ですが、その結果を外部に発信する際には、著作権への配慮が不可欠です。この記事が、独立系クリエイターの皆様が耳コピを安心して活用し、適法な範囲で活動するための助けとなれば幸いです。
著作権に関する判断は個別の状況によって異なり、複雑なケースも存在します。疑問点がある場合や、大規模な利用を検討される場合は、著作権の専門家や弁護士に相談することをお勧めします。