独立系クリエイターのための楽譜著作権ガイド:演奏、配布、編曲のルール
楽譜の著作権とは:独立系クリエイターが知るべき基本
音楽活動や動画制作を行う独立系クリエイターの皆様にとって、楽曲の著作権が重要な課題であることは広く認識されているかもしれません。しかし、楽曲そのものだけでなく、「楽譜」にも著作権が存在することをご存じでしょうか。楽譜は、楽曲を紙やデジタルデータとして記録・表現したものであり、これも著作権法によって保護される対象となり得ます。
この楽譜の著作権は、主に楽譜を作成した者(作曲家、編曲家、またはそれを出版・発行した出版社など)に帰属します。あなたが既存の楽曲の楽譜を使用したり、自分で楽譜を作成・配布したり、既存の楽譜を元に編曲したりする際には、この楽譜の著作権が関わってきます。
このコラムでは、独立系クリエイターの皆様が楽譜に関してどのような著作権上の注意を払うべきか、具体的な利用シーンを交えながら解説いたします。
楽譜の複製・配布に関する著作権ルール
独立系クリエイターが最も頻繁に直面する楽譜に関する著作権問題の一つが、「複製」と「配布」です。
著作権法において、著作権者は自身の著作物を複製したり、公衆に配布したりする権利(複製権、譲渡権など)を専有しています。これは楽譜にも当てはまります。
- コピー、スキャン、PDF化: 市販されている楽譜や著作権保護期間中の楽譜を無断でコピー機で複製したり、スキャンしてデジタルデータ(PDFなど)に変換したりする行為は、原則として著作権者(楽譜の著作権者)の複製権を侵害する可能性があります。
- オンラインでの共有・配布: スキャンした楽譜データや、著作権保護期間中の楽譜のPDFなどを、メールで送ったり、クラウドストレージにアップロードして共有したり、ウェブサイトやSNSで公開・配布したりする行為は、複製権に加えて公衆送信権などの侵害となる可能性が極めて高いです。
- 個人的な練習目的の複製: 著作権法には、私的使用のための複製(家庭内での利用など、個人的または家庭内の限られた範囲内で使用するための複製)は著作権者の許諾なく行うことができる、という規定があります(著作権法第30条)。しかし、これはあくまでごく個人的な利用に限定されるものであり、たとえ少人数であっても他者と共有したり、広く配布したりすることは認められません。また、この規定が適用される範囲は限定的であり、学校その他の教育機関における複製や、営利目的の複製には原則として適用されません。
したがって、音楽教室での教材配布、バンドメンバーへの共有、オンラインレッスンでの画面共有やデータ送付など、個人的な練習の範囲を超える目的で既存の楽譜を複製・配布する際は、原則として楽譜の著作権者の許諾を得る必要があります。市販の楽譜の利用規約などをよく確認し、不明な場合は権利者に問い合わせるなどの対応が必要です。
楽譜を見て演奏することと著作権
既存の楽譜を見て演奏すること自体は、著作権法上の複製や演奏権の侵害には直接繋がりません。楽譜はあくまで楽曲を記録した「表現物」であり、それを見て音を出す行為は、楽譜の「利用」ではありますが、楽譜を複製したり公衆に提供したりする行為とは異なるからです。
しかし、その「演奏」を公衆向けに行う場合(ライブ、コンサート、配信など)や、演奏を録音・録画して公開・配布する場合(CD、DVD、YouTube動画、サブスク配信など)は、元の楽曲の著作権(演奏権、公衆送信権、複製権など)が関わってきます。楽譜の著作権とは別に、楽曲自体の著作権処理が必要となります。
例えば、市販の楽譜を購入して自宅で個人的に練習する分には、楽譜の著作権も楽曲の著作権も問題となることはほとんどありません。しかし、その楽譜を使ってカフェで演奏したり、その演奏を録画してYouTubeにアップロードしたりする場合は、元の楽曲の著作権管理団体(JASRACなど)等から演奏や公衆送信に関する許諾を得る必要が生じます。
楽譜の編曲・翻案と著作権
既存の楽曲の楽譜を元に、編成を変えたり、メロディーやハーモニーにアレンジを加えたりして新しい楽譜を作成する行為は、「編曲」や「翻案」と呼ばれ、著作権法上、元の楽曲の著作権者の「翻案権」が関わってきます。
翻案権は、元の著作物(この場合は楽曲)を基に、その表現上の本質的な特徴を維持しつつ、具体的に改変して別の著作物(この場合は編曲された楽曲の楽譜)を作成する権利です。したがって、既存の楽曲を編曲して楽譜を作成し、それを自身で演奏したり、公開・配布したりする際には、原則として元の楽曲の著作権者の許諾が必要となります。
- 自分で編曲した楽譜を自分で演奏・公開: 例えば、あるJ-POPの楽曲をアコースティックギター用に自分で編曲し、その楽譜を元に演奏した動画をYouTubeにアップロードする場合、編曲行為そのもの(翻案権)と、演奏およびアップロード行為(演奏権、公衆送信権)について、元の楽曲の著作権者の許諾が必要となります。楽譜の「作成」行為自体も翻案権に関わります。
- 耳コピによる楽譜作成と配布: 既存の楽曲を耳で聞いて採譜し、楽譜を作成する行為も、実質的には元の楽曲の翻案にあたると解釈される可能性があります。特に、その耳コピした楽譜を他者に配布したり、販売したりする場合は、元の楽曲の著作権者(翻案権者)の許諾が原則として必要となります。
ただし、ごく軽微なアレンジや、元の楽曲の本質的な特徴を変更しない範囲での改変であれば、翻案権の侵害とならない場合もありますが、その判断は難しく、トラブルを避けるためには許諾を得るのが最も安全な方法と言えます。
具体的なシーンでの注意点
独立系クリエイターが楽譜に関して注意すべき具体的なシーンをいくつか挙げます。
- 音楽教室での教材利用: 市販の楽譜をコピーして生徒に配布することは、個人的な利用の範囲を超え、原則として著作権者の許諾が必要です。教育機関における複製に関する著作権法の特例(第35条)も存在しますが、これも限定的な要件を満たす必要があり、営利目的の教室などでは適用されない場合があります。適法に利用するためには、楽譜の購入数分の利用、または出版社等から教材としての利用許諾を得る必要があります。
- 「演奏してみた」動画での楽譜の映り込み: YouTubeなどの動画で、演奏している手元に楽譜が映り込んでいる場合、それが第三者によって容易に判読できるレベルであれば、楽譜の複製・公衆送信と見なされるリスクがないとは言えません。可能な限り映り込まないように配慮するか、許諾を得ることが望ましいでしょう。ただし、背景として小さく映る程度であれば問題となりにくい場合もあります。
- 自分で採譜・編曲した楽譜のオンライン販売: 自分で耳コピしたり編曲したりした楽譜を、自身のウェブサイトや楽譜販売プラットフォームを通じて販売・配布する場合、元の楽曲の著作権者の許諾が必要です。特に、編曲した楽譜の販売は、翻案権および複製権・譲渡権が複合的に関わるため、元の楽曲の著作権管理団体や権利者から適切な許諾を得る手続きが不可欠です。許諾を得ずに販売することは、深刻な著作権侵害となり得ます。
まとめ:適法な楽譜利用のために
独立系クリエイターの皆様が楽譜を適法に利用するためには、以下の点を意識することが重要です。
- 楽譜の「複製」「配布」は原則許諾が必要: 市販楽譜や著作権保護期間中の楽譜を、個人的な練習の範囲を超えてコピーしたり、スキャンデータを共有したり、オンラインで配布・販売したりする行為は、楽譜の著作権侵害となる可能性が高いです。
- 楽譜を見て演奏する行為自体は問題になりにくいが、その演奏の公開・配信には楽曲の著作権処理が必要: 楽譜利用の文脈と、楽曲利用の文脈(演奏権、公衆送信権など)を分けて考える必要があります。
- 既存楽曲の編曲・翻案には元の楽曲の著作権者の許諾が必要: 自分で編曲した楽譜を作成・利用する場合でも、翻案権が関わってきます。特にその楽譜を公開・配布・販売する際は、元の楽曲の著作権者から許諾を得る手続きが不可欠です。
- 不明な場合は権利者や専門家への相談を: 楽譜の利用に関するルールは、楽曲の著作権と同様に複雑な場合があります。利用したい楽譜や楽曲について、権利者情報(楽譜の奥付や出版社の情報など)を確認し、JASRACなどの著作権管理団体や、楽譜を扱っている出版社、あるいは著作権法に詳しい弁護士などの専門家に相談することが、トラブル回避につながります。
楽譜は、音楽活動において非常に有用なツールですが、その利用には著作権上の注意が必要です。これらの情報を参考に、適法な形で創作・表現活動を行っていただければ幸いです。