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権利者不明著作物(オーファンワークス)となった音楽の利用:独立系クリエイターのための著作権上の注意点

Tags: 音楽著作権, オーファンワークス, 権利者不明著作物, クリエイター, 法的リスク

独立系クリエイターとして音楽活動や動画制作を行う中で、古い楽曲や特定の音源を利用したいと考える場面があるかもしれません。しかし、その楽曲の著作権者が誰なのか、あるいは連絡先が全く分からない、といった状況に直面することがあります。このような「権利者不明著作物」は「オーファンワークス(Orphan Works)」とも呼ばれ、その利用には特有の法的リスクと注意点が存在します。

この記事では、権利者不明著作物である音楽を安全に利用するために、独立系クリエイターが知っておくべき法的側面と実践的な注意点について解説します。

権利者不明著作物(オーファンワークス)とは何か

権利者不明著作物とは、著作権保護期間が終了していない(つまり、著作権がまだ有効である)にもかかわらず、その著作権者を特定できなかったり、特定できても居場所が分からず連絡が取れなかったりする著作物のことを指します。

音楽の場合、作曲者や作詞者といった著作権者が不明、あるいは著作権は存在するものの、相続などで権利が移転した結果、現在の権利者が誰か分からなくなってしまっている、といったケースが考えられます。

このような権利者不明著作物を利用したい場合、原則として著作権者からの許諾が必要ですが、それが得られないため、著作権侵害のリスクが生じます。

権利者不明著作物を利用する際のリスク

著作権保護期間内の著作物を利用する際には、著作権法で定められた例外(引用など)に該当しない限り、著作権者の許諾が必要です。許諾なく利用した場合、著作権侵害となり、差止請求や損害賠償請求を受ける可能性があります。

権利者不明著作物の場合も、著作権者が不明であるというだけで、その著作物の著作権自体が消滅しているわけではありません。したがって、権利者が不明であるからといって自由に利用することはできず、無断で利用すれば著作権侵害となるリスクを伴います。

例えば、ご自身のYouTube動画のBGMとして古い楽曲を使いたいと思った際に、その楽曲の権利者が誰か分からず、許諾が得られないまま使用した場合、将来的に権利者が現れて問題となる可能性がゼロではありません。

適法に利用するための方法:文化庁長官の裁定制度

権利者不明著作物をどうしても利用したい場合に、適法に利用するための手段として、著作権法には「文化庁長官の裁定」という制度が設けられています(著作権法第67条)。

この制度は、著作権者の許諾を得ることができない場合において、文化庁長官の裁定を受け、かつ、通常の使用料に相当する額の補償金を供託することで、著作権者の許諾を得たものとみなして著作物を利用できるというものです。

しかし、この制度を利用するには、以下のような要件を満たす必要があります。

  1. 相当な努力による著作権者の特定・連絡の試み: 権利者を探すために、登録制度の確認、著作権管理団体への照会、文献調査、関係者への聞き込みなど、利用者ができる限りの探索努力を行ったにもかかわらず、著作権者を特定できなかった、あるいは特定できたが連絡が取れなかったことを証明する必要があります。この「相当な努力」の基準は厳格に判断されます。
  2. 必要最小限の利用: 裁定の対象となる利用は、社会的な必要性などを考慮し、必要最小限の範囲に限定される傾向があります。
  3. 補償金の供託: 文化庁長官が定める「通常の使用料に相当する額」の補償金を法務局に供託する必要があります。

この裁定制度は、手続きが複雑で、利用者の負担が大きく、また裁定が得られるまでに時間もかかります。独立系クリエイターの方が個人的な活動のために利用するには、ハードルが高い制度と言えるでしょう。

クリエイターが取るべき実践的なアプローチ

権利者不明著作物である音楽の利用に際して、独立系クリエイターの皆様が現実的に検討できるアプローチはいくつかあります。

  1. 利用を避けることが最も安全: 権利者不明である以上、法的なリスクは完全に排除できません。最も安全な方法は、その楽曲の利用を諦め、代替となる楽曲を探すことです。
  2. 代替手段の検討:
    • パブリックドメインの利用: 著作権保護期間が満了した楽曲(パブリックドメイン)であれば、原則として自由に利用できます。ただし、保護期間の確認には注意が必要です。
    • フリー音楽素材の利用: 著作権フリーやロイヤリティフリーとして配布されている音楽素材は、提供元の利用規約に従えば安全に利用できます。ただし、提供元の信頼性や規約の内容をよく確認することが重要です。
    • 商用ライセンス音楽の利用: 利用目的(BGM、動画用など)に応じたライセンスを購入することで、権利関係が明確な楽曲を安心して利用できます。
    • オリジナル楽曲の制作: ご自身の楽曲であれば、著作権の問題は発生しません。
  3. 利用する前に徹底的な調査を行う: どうしても特定の楽曲を利用したい場合は、著作権管理団体(JASRACやNexToneなど)、文献、インターネット検索、関係者への問い合わせなど、できる限りの方法で権利者情報の調査を行ってください。ただし、どれだけ調査しても権利者が特定できない可能性や、特定できても連絡が取れない可能性は常にあります。
  4. 文化庁の裁定制度の検討(現実的には困難): 上記の通り、手続きが複雑で時間もかかるため、個人的な小規模利用にはあまり現実的ではないかもしれませんが、制度の存在は認識しておくと良いでしょう。

インターネット上には、権利者不明と思われる古い音源などが流通していることがありますが、それらを安易に利用することは非常に危険です。たとえ多くの人が利用しているように見えても、それは単にまだ権利者が現れていないだけで、将来的にトラブルになるリスクを抱えているにすぎません。

まとめ

権利者不明著作物(オーファンワークス)となった音楽は、著作権者が不明であっても著作権保護期間が満了しているわけではないため、無断で利用すると著作権侵害となるリスクがあります。

適法に利用するための公的な制度として文化庁長官の裁定がありますが、これは手続きが複雑でハードルが高いのが現状です。

独立系クリエイターの皆様が安全に音楽を利用するためには、権利者不明の楽曲の利用は可能な限り避け、パブリックドメインの楽曲、フリー音楽素材、商用ライセンス音楽、またはご自身のオリジナル楽曲を利用することを強くお勧めします。

音楽活動や動画制作において著作権に関する問題を未然に防ぐためには、利用したい音楽の権利関係を事前にしっかりと確認する習慣を身につけることが何よりも重要です。もし、特定の楽曲の利用に関して権利関係が不明確で不安を感じる場合は、利用を見送るか、専門家である弁護士等に相談することを検討してください。